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▲前ページのすぐ先。山側。桟橋発見! 病気デス(笑)。
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2011年9月下旬撮影
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▲上写真のすぐ先。前述した遊歩道の「中八丁吊橋」。こちらも真新しい。赤彦吊橋から当橋までの遊歩道は徒歩約60分。だそうです。そんなにヘビーなのかね(恐)。
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2011年9月下旬撮影
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▲上写真と同位置。旧橋時代(廃)。かつては作業径路だったそうです。
ちなみに、この付近に「ウナリ島」というのがあります。
『その昔、許されぬ恋中の二人がここに「駆け落ち」して人目を忍んで住んでおりました。ある日、女が毒キノコを食べ激しい腹痛におそわれ、男はあれこれ介抱したが、女は苦しむばかり、たまりかねた男は夜の山道を里まで走り下り、ようやく薬を求め帰ってみると女はすでに死んでいた。男は声を上げ泣き悲しんだ。そして、その苦しみ悶えた女のうなり声と男の泣き声が今でも雨で増水した夜、この島から聞こえるという』
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2010年9月下旬撮影
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▲軌道跡に戻ります。中八丁吊橋のすぐ先。
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2010年9月下旬撮影
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▲上写真から阿寺川上流方を望む。 |
2010年9月下旬撮影
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▲[写真22]から阿寺口方を見る。
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2010年9月下旬撮影
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▲[写真22]のすぐ先。熊取沢の砂防君。 |
2011年9月下旬撮影
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▲一番手前堰堤の銘板。別写真を部分拡大。軌道時代は短い橋が架かっていたカモしれない。
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2010年9月下旬撮影
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▲熊取沢付近。「熊ヶ淵」。
『このあたりには熊の出没が多く、時には親子連れでこの淵に浸り水遊びを楽しんでいたのをよく見かけたと言われる。そんなところから誰言うとなく熊ヶ淵と呼ばれるようになった。小路を下りて水底の透いて見える淵を眺めていると阿寺川の美しさに魅せられる』
なお、肝心の淵の写真はありません。つか、撮ってません。脚が痛く、また、体力温存のためスルーしちゃいました。あしからず。
ちなみに、明治34年敷設の軽便軌道の終点(4.5km地点)がこの付近にあったそうです。
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2010年9月下旬撮影
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