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▲前ページのすぐ先。濁沢(春萩越)に入る。
元関係者によると、その昔(建設当初〜)は“濁沢”と呼んでいたそうだが、近年(もちろん軌道時代)は“春萩(はるはぎ/春萩越)”と呼ばれていたそうである。書籍によって呼び方がまちまちだったので区別が付かなかった。が、これで納得。喉に刺さった小骨が取れた思ひである。当サイトは“濁沢”を採用。
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2009年5月上旬撮影
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▲上写真とほぼ同位置。林道化直後。左に「警笛鳴らせ」標識がある。
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写真提供:H.T氏 撮影日:1980年5月3日
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▲上写真を部分拡大。
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写真提供:H.T氏 撮影日:1980年5月3日
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▲上写真の警笛標識(21年後の姿)。道床に転がっている。
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2001年6月上旬撮影
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33-2
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濁沢(春萩越) 2013年12月17日追加 |
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| ▲上写真の4年後の姿。支柱が消えてしまった... |
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2013年5月中旬撮影
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33-3
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濁沢(春萩越) 2013年12月17日追加 |
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| ▲と、思っていたら、近くに転がっていた。誰かいぢったな。 |
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2013年5月中旬撮影
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▲[写真29]から大鹿方を見る。
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2009年5月上旬撮影
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