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▲金木戸発電所・中の俣取水えん堤。下流側から見る。
4つのゲートを備えており、左岸(右側)から順に第1洪水吐、第2洪水吐、第3洪水吐、排砂門。 |
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1999年撮影
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▲あゆみ。
その昔、伯父B(別章で“伯父A”も登場)が屋根を修理したそうな。浅井田の方から軌道上をてくてく歩いてきたという。お泊まりは、三井金属鉱業合宿所ではなく、なぜか北陸電力の合宿所だったという。屋根の上は「そりゃもう恐ろしかった...(飛騨弁)」と伯父Bは語る。なお、両合宿所については後述する。
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2009年11月上旬撮影
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▲あゆみ。屋根の上の白いのは、雪。
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2014年11月中旬撮影
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▲あゆみ。第2洪水吐および第3洪水吐のエプロンは補修中。今後も観測します。
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2015年11月22日撮影
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| 金木戸発電所建設(出典:不明) |
昭和26年、神岡鉱山は増産計画実施の段階に入った。これにより、栃洞・鹿間・茂住の3選鉱工場は増産態勢をとったが、当時電力事情は逼迫しており、需要に対して自家発電量が約半分という状態で、生産現場はやりくりに四苦八苦した。
折から26年に電力事業再編成によって9電力会社が発足し、電力の国家管理が廃止されるとともに、自家用電源開発が認められることとなった。
神岡においては、早速高原川の本支流に候補地を求めて調査したが、結局、地勢、水量、工費などの点から金木戸発電所を決定した。やがて同年12月、全社待望の起工式が行われたが、上流の金木戸川と中の俣川との合流地点に取水堰堤を築き、ここから5.7kmのコンクリート隧道により下流の金木戸部落に導水、そこに発電所を建設する大工事であった。だが、昭和28年6月、完工式にこぎつけた。 |
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