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▲和合沢橋梁のすぐ先。機関車の中から撮影。ハエタタキ右の木柱に電灯が付いている。右端は稲架(はさ・はざ)。
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写真提供:H.T氏 撮影日:1976年10月3日
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▲上写真のすぐ先。上和合沢を渡る。踏み板の敷かれている部分が橋梁。機関車の中から撮影。
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写真提供:H.T氏 撮影日:1976年10月3日
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▲上写真から上松方を見る。
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2009年5月下旬撮影
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▲上和合沢橋梁のすぐ先。右奥の橋は木曽川に架かる「サイホン橋(後述)」。機関車の中から撮影。
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写真提供:H.T氏 撮影日:1976年10月3日
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▲逆に、上写真付近をサイホン橋上から見る。葉が付いているとさっぱりわからない。つか、葉がなくてもよくわからんと思う。
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2009年5月下旬撮影
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▲上写真の左(山側)。「御岳火砕流による埋没樹木梁」。
以下、説明板より。
御岳火山は、約5万年前、東側に大崩壊をおこしました。相当に高い熱を持った火砕流(木曽川泥流と呼んでいる)は開田村の西部や三岳村の西野川を埋めつくして王滝川に合流し、更に木曽川と合して各所に堆積物を残して岐阜県各務原市まで流れくだりました。平成6年秋、道路開発のため掘削中、火砕流堆積物中より一部炭化した樹木の化石が見つかりました。よく見ると火砕流に上部をもぎ取られて、下流にねじ曲げられていることがわかります。このような大きな樹木が立ち木のままで発見されたことは、他には例がありません。それで、貴重な歴史的遺産としてここに現地保存することにしました。
平成7年4月1日 木曽福島町教育委員会
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2009年5月下旬撮影
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▲[写真80]から上松方を見る。
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2009年5月下旬撮影
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